大阪地方裁判所 平成9年(ワ)6033号 判決 1999年1月14日
原告
梅野良子
被告
狭間勇・松原市
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 主位的請求
被告らは、原告に対し、各自金二七七万九四五八円及び内金二三七万九四五八円に対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告松原市は、原告に対し、金二七七万九四五八円及び内金二三七万九四五八円に対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、足踏式自転車を運転していた原告が、被告松原市の職員であり、同市のゴミ収集作業に従事していた被告狭間勇と衝突し、転倒したとして、被告松原市に対しては、主位的に民法七一五条、予備的に国家賠償法一条一項に基づき、被告狭間勇に対しては、民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を請求している事件である。
一 争いのない事実等(証拠により認定する場合には証拠を示す。)
1 事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 発生日時 平成四年三月二五日午前八時五〇分ころ
(二) 発生場所 大阪府松原市小川町九番地の一八先路上(以下、「本件事故現場」という。)
(三) 加害者 被告狭間勇(以下「被告狭間」という。)
(四) 被害者 足踏式自転車(以下「原告自転車」という。)を運転中の原告(昭和一〇年三月二六日生)
2 被告狭間は、被告松原市に勤務する地方公務員たる清掃作業員であり、本件事故当時、被告松原市のゴミ収集車に同乗して、ゴミ収集作業に従事していた。
二 争点
1 事故態様
(原告の主張)
原告が、原告自転車を運転して、本件事故現場付近に至った時、前方に被告松原市のゴミ収集車(以下「本件ゴミ収集車」という。)が停車していた。本件ゴミ収集車は、停止ランプをつけず、人の気配もなく、後ろのふたも開いていなかったため、原告は、本件ゴミ収集車は、ゴミ収集を終え、前進するものと思い、本件ゴミ収集車の右側を走行しようとしたところ、本件ゴミ収集車の前方から突然被告狭間が飛び出してきたため、原告はこれを避けきれず、原告自転車の前輪と、被告狭間が持っていたゴミ袋とが接触し、原告は転倒し、手足、胸、肩等を打った。
(被告らの主張)
被告狭間は、本件ゴミ収集車の右側後部のステップに同乗して、ゴミ収集作業に従事していた。そして、本件事故現場付近で、右後部のステップから右斜め後方と右側の安全を確認した上で、道路右側の植樹帯のゴミ袋を収集しようと本件ゴミ収集車の右側に沿って前方へ二、三歩進んだとき、突然後ろから「危ない」という声が聞こえたので、とっさに道路右側前方に体を移動したところ、後ろから原告自転車が衝突し、原告は転倒した。
なお、本件ゴミ収集車は、ゴミ収集であることを示す後部灯をすべて点灯させ、スピーカーからは電子音による市歌を流していた。
2 責任原因
(一) 被告松原市の責任原因
(1) 主位的責任原因(使用者責任)
(原告の主張)
後記被告狭間の責任原因についての原告の主張のとおり、本件事故は、被告狭間の過失により発生したのであって、被告狭間の使用者である被告松原市は、民法七一五条(使用者責任)の責任を負う。
(被告松原市の主張)
ゴミ収集作業は、「公権力の行使」にあたるから、被告松原市は、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項の責任は負っても、民法七一五条の責任は負わない。
また、本件事故は、後記被告狭間の主張のとおり、もっぱら原告の過失により発生したものであって、被告狭間には過失はなく、被告松原市は七一五条の責任は負わない。
(2) 予備的責任原因(国賠法一条一項)
(原告の主張)
前記のとおり、本件事故は、被告狭間の過失により発生したものであるところ、ゴミ収集作業は、「公権力の行使」にあたるから、被告松原市は、国賠法一条一項の責任を負う。
(被告松原市の主張)
本件事故は、後記被告狭間の主張のとおり、もっぱら原告の過失により発生したものであって、被告狭間には過失はなく、被告松原市は国賠法一条一項の責任は負わない。
(二) 被告狭間の責任原因
(原告の主張)
前記原告主張の事故態様のとおり、本件事故は、被告狭間が、本件ゴミ収集車の前方から道路東側に行く際に、本件ゴミ収集車の右側(後方)から自転車等が来るかどうか確認する義務があるにもかかわらず、右注意義務を怠り、急に飛び出した過失により発生したのであって、被告狭間は、民法七〇九条の責任を負う。
(被告狭間の主張)
前記被告ら主張の事故態様のとおり、原告は、自転車で接近する際、本件ゴミ収集車が、ゴミ収集中であること及び被告狭間が原告自転車進路前方を歩行していることは十分認識できたはずであるから、本件事故は、原告が、自車前方を注視する義務があるのに、右注意義務を怠り、十分前方を注視することなく、また、ブレーキハンドルの操作を誤ったために発生したのであって、被告狭間には過失はなく、民法七〇九条の責任を負わない。
3 原告の損害額
(原告の主張)
(一) 治療費 二五万〇二八三円
原告は、平成四年三月二五日から平成九年四月一五日まで、別紙のとおり通院治療し、右治療費として二五万〇二八三円を支払った。
(二) 通院交通費 六万三四六〇円
原告は、平成四年三月二五日から平成九年四月一五日まで、別紙のとおり通院治療し、右通院交通費として六万三四六〇円を支払った。
(三) 休業損害 一三二万五七一五円
原告は、松原市小川四丁目三―一〇所在の大西化成工業所こと大西富三方でパートとして働いており、日額四一八五円(時給六二〇円で実質六時間四五分稼働)の給与を得ていたが、本件事故により、本件事故日から、平成四年一二月二九日までの間で、合計七一日完全に休業し、半日勤務(三時間)が一三日であった。また、原告は、平成四年一二月二九日には、右大西化成工業所を退職し、平成五年一月から同年一二月末日までは、どこにも勤務することなく治療に専念した。
右大西化成工業所の給与を基礎収入として右期間の休業損害を計算すると、一三二万五七一五円となる。
(計算式)
(1) 4,185円×71日=297,135
(2) 620円×3時間×13日=24,180
(3) 4,185円×20日×12月=1,004,400
(4) (1)+(2)+(3)=1,325,715
(四) 入通院慰謝料 七四万円
(五) 弁護士費用 四〇万円
4 消滅時効
(被告らの主張)
原告の、国家賠償法一条一項、民法七一五条及び七〇九条の損害賠償請求権は、本件事故日である平成四年三月二五日から、そうでないとしても、遅くとも原告の症状が固定したものと考えられる平成四年四月末日から、すでに三年以上経過しているから、いずれも時効により消滅している。よって、被告らは、右各三年の消滅時効を援用する。
なお、本件事故については、被告らは、終始損害賠償責任を否定してきたのであるから、前記損害賠償請求権の時効は中断していない。
(原告の主張)
(一) 原告は、本件事故による受傷により、平成九年四月一五日まで通院加療中であったから、原告の被告らに対する損害賠償請求権の消滅時効が完成する余地はない。
(二) 本件事故以降、原告は、何度も自宅に被告松原市の担当者である環境業務課課長の中野千明の訪問を受け、最終的には平成七年七月五日に訪問を受け、同日、原告が被告松原市市役所に赴き、示談の話をしていた事情があり、事故の発生そのものには承認があるので、本件事故に基づく原告の損害賠償請求権の消滅時効は中断しているか、もしくは被告らが時効の利益を放棄していると考えるべきである。
また、右示談交渉の際、時効の話は全くなかったのであり、被告らが、本件訴訟になって突然時効の援用をするのは信義に反し許されないというべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点1(事故態様)について
1 前記争いのない事実等、証拠(甲一、三[いずれも後記信用しない部分を除く]、乙一、二[一部]三、四、検乙一の1ないし8、二の1ないし9、三の1ないし15、原告本人[後記信用しない部分を除く]、被告狭間本人[一部])及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の状況
本件交通事故現場の概況は、別紙交通事故現場の概況(三)現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおりである。現場は、南北に走る歩車道の区別も中央分離帯もない、片側一車線の道路(幅員約四・九メートルないし五・一メートル。以下「本件道路」という。)であり、本件道路を南進し、さらに西進すると一津屋橋に至る。
本件事故発生当時、本件道路の西側に本件道路に接して存在する角田宅の前(別紙図面<1>の地点)に、本件ゴミ収集車が運転席を北向にして停車していたところ、右角田宅の南西角付近である別紙図面のの地点と、本件道路の東側の花壇となっている別紙図面の<甲>の地点には、収集される予定のゴミ袋がおかれていた。また、本件ゴミ収集車の右後部ステップである別紙図面の地点から、本件道路の南側方向の見通しはよかった。
(二) ゴミ収集作業の概要
本件事故現場付近のゴミ収集作業の概要は以下のとおりである。ゴミ収集車は、運転手一名、作業員二名を載せて松原市内の立部にある詰所を出発し、一津屋橋を渡った付近から小川一丁目地域のゴミ収集作業を開始する。一津屋橋を渡ると、二名の作業員はゴミ収集車の助手席から降車し、後部左右のステップに分かれて乗り、運転手が回収地点に置いてあるゴミ袋の少し前方にゴミ収集車を停車させ、停車中に後部ステップに乗っている二名の作業員が、ゴミ袋を回収し、後部ハッチから回収したゴミ袋を入れる。以降はその繰り返しであり、ゴミ収集車は、ゴミ収集作業中は、付近住民にゴミ収集作業中であることを知らせるための電子音による市歌のオルゴールを流し、前方及び後方のハザードランプを点滅させており、後部のハッチは開いたままにした状態にしている。
(三) 本件事故の状況
被告狭間は、平成四年三月二五日午前八時三〇分ころ、本件ゴミ収集車(一六号車)に、運転手木野明(以下「木野」という。)、作業員嶋田徳泰(以下「嶋田」という。)とともに乗車し、立部詰所を出発した。本件ゴミ収集車は、同日八時四五分ころ一津屋橋に到着し、嶋田と被告狭間は、一津屋橋を渡ったところから小川一丁目地域のゴミ収集を開始するべく、本件ゴミ収集車の助手席からいったん降車して、嶋田は本件ゴミ収集車の左後部ステップに、被告狭間は右後部のステップにそれぞれ同乗し、ゴミ収集作業を開始した。被告狭間は、本件ゴミ収集車から降車する際、運転席の横にある市歌のオルゴールのスイッチを入れ、以後、オルゴールを流しながらゴミ収集作業を続けたが、ゴミ袋の回収作業の際には、本件ゴミ収集車の前方及び後方のハザードランプを点滅し、後方のハッチは開いていた。本件ゴミ収集車は、同日の午前八時五〇分ころ、本件事故現場付近に到着し、別紙図面の地点に収集予定のゴミ袋があったことから、木野は、本件ゴミ収集車を別紙図面の<1>の地点に停車させた。嶋田は、別紙図面のの地点にあるゴミ袋を収集するため本件ゴミ収集車の左後部のステップから降車し、右ゴミ袋を収集していた。被告狭間は、別紙図面の甲の地点にゴミ袋がおかれているのを発見したため、右ゴミ袋を回収しようと思い、本件ゴミ収集車の右後方(南側)から自転車等が来ているかどうか確認することなく、本件ゴミ収集車の右後部ステップから降り、別紙図面のところまで行ったところ、後ろから「あぶない」との声が聞こえたため、とっさに右前方に移動したが、<×>の地点で原告自転車と衝突した。
一方、原告は、自らの勤務先である大西化成工業所に出勤するため、原告自転車に乗って当時一津屋町にあった原告の自宅を出発し、一津屋橋を渡って、本件道路を北進し、本件事故現場付近に至った。原告は、左前方の<1>の地点に、本件ゴミ収集車が市歌のオルゴールを流しながら、かつ、ゴミ収集作業中のハザードランプをつけて停車していたにもかかわらず、特に注意せず、そのまま本件ゴミ収集車の右側を通過しようとしたところ、被告狭間が、別紙図面<甲>の地点にあるゴミ袋を回収するために、本件ゴミ収集車の右後部ステップから降り、本件道路を横断しようとしていることに直前になって気づき、「あぶない」と叫んだものの、これを避けきれずに、別紙図面<×>の地点で被告狭間と衝突し、転倒した。
2 ところで、原告は、本件ゴミ収集車は、停止ランプをつけず、人の気配もなく、後部のハッチも開いていなかったので、原告は、本件ゴミ収集車が、ゴミ収集を終えて前進するものと思い、そのまま本件ゴミ収集車の右側を通過しようとしたところ、本件ゴミ収集車の前から、ゴミ袋を持った被告狭間が突然飛び出してきたため、避けきれずに衝突した旨主張し、原告本人尋問においても右主張に沿う供述をし、甲一、三(原告本人の陳述書)にも同趣旨の記載がある。また、甲七(角田順子の陳述書)にも本件ゴミ収集車のオルゴールはなっていなかった旨の記載がある。
しかし、前記1(二)認定のとおり、ゴミ収集作業にあたっては、いつも、ゴミ収集車の後方のハザードランプを点滅させ(原告の主張する停止ランプの意味は定かではないが、ハザードランプを意味するものと思われる。)、市歌のオルゴールも流し、後部のハッチも開いた状態にしておくのが通例のことであるから、本件事故当時に限って、市歌のオルゴールもならさず、後部ハッチも閉じており、ハザードランプも点滅していなかったとは認め難く、この点に関する原告本人の供述及び甲一、三及び七の各記載はいずれも採用することができない。
また、前記1(二)で認定のとおり、ゴミ収集作業にあたっては、左後部のステップには嶋田が、右後部ステップには被告狭間がそれぞれ乗って、作業しているのであり、本件ゴミ収集車の後方から接近した原告が、人の気配が全くなかったとするのも不自然であるし、ゴミ収集車が停車する地点は、通常回収予定のゴミ袋より若干前方であり、しかも、本件事故当時本件ゴミ収集車の左後部ステップのすぐ左側である別紙図面のの地点と、原告の自転車の進行方向右側である別紙図面の<甲>の地点にそれぞれゴミ袋が置かれていたのであるから、本件ゴミ収集車の右後部ステップに乗って作業していた被告狭間が、わざわざ別紙図面のの地点にあるゴミ袋を回収した上、これを直ちに本件ゴミ収集車の後部ハッチに投入することなく、右ゴミ袋を持ちながら本件ゴミ収集車の左側方を通ってその前方に回り、本件ゴミ収集車の前からゴミ袋を持って飛び出してくるというのは、いかにも不自然かつ不合理といわざるを得ない。
以上の諸点を考慮すれば、前記原告本人の供述、甲一、三及び七の各記載部分はにわかに信用することができず、これを採用することはできないし、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
3 一方、被告らは、被告狭間は、右後部のステップを降り、本件道路東側の花壇にあるゴミ袋を取りに行こうとした際に、右後方(南側)を確認した旨主張し、被告狭間も本人尋問において、右に沿う供述をし、乙二(被告狭間の陳述書)にも同趣旨の記載があるが、前記1(一)で認定のとおり、本件道路の南側の見通しはよかったのであり、右後部ステップから衝突地点(<×>)までの距離及び自転車の速度がそう高速度ではないこと(当裁判所に顕著)を考慮すれば、被告狭間が、右後部ステップを降りる際に、後方(南側)を注視していれば、十分に原告自転車を発見することができたはずであるから、被告狭間は、後方を十分に注視しないまま、右後部ステップを降りて本件道路上を歩行していたと認めるのが相当である。
二 争点二(責任原因)について
1 被告松原市の責任
(一) 公権力の行使
国賠法一条一項における「公権力の行使」とは、国または地方公共団体がその権限に基づく統治作用として優越的意思の発動として行う権力作用のみならず、国または地方公共団体の、純然たる私経済作用及び同法二条に規定する営造物の設置管理作用を除く非権力的作用も含まれると解するのが相当であるところ、清掃に関する業務は純然たる私経済作用とはいえないから、「公権力の行使」に当たるというべきである。
(二) 使用者責任
したがって、本件事故につき被告松原市に民法七一五条を適用する余地はないから、原告の被告松原市に対する使用者責任に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(三) 被告狭間の過失
前記一で認定の事故態様に基づけば、本件事故は、被告松原市の職員である被告狭間が、公権力の行使に当たるゴミ収集作業中に、本件ゴミ収集車の右後部ステップから降りる際に、後方(南側)を注視し、車両等が来ないことを確認すべき注意義務があったのに右義務を怠り、後方を注視することなく右後部ステップから降りてそのまま漫然と本件道路上を歩行した過失により発生したのであるから、被告松原市は、国賠法一条一項所定の損害賠償責任を負担することになる。
2 被告狭間の責任
前述のとおり、本件事故については被告松原市が国賠法一条一項所定の損害賠償責任を負担するところ、同条の場合、国または地方公共団体が被害者に対して賠償の責に任ずるのであり、公務員個人はその責任を負わないのであって、原告の被告狭間に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 争点三(消滅時効)について
(一) 消滅時効の起算日
被告松原市は、原告の被告松原市に対する国賠法一条一項に基づく損害賠償請求権につき、三年の消滅時効を主張しているところ、交通事故で受傷した場合における損害賠償請求権の消滅時効の起算点については、通常かかる受傷による後遺症の固定までの時間的経過を必要とすることに鑑み、損害確定時である症状固定時であると解するのが相当であるから、以下、その点について判断する。
(1) 証拠(甲九、一〇、一四の1ないし14、一五の1ないし3、一六の1、2、一七、一八の1、三三の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 原告は、本件事故により、転倒し、両手、右膝及び胸部を打ち、平成四年三月二五日から同年四月二一日まで医療法人昌円会高村病院(以下「高村病院」という。)に通院し、平成四年三月二五日には、両手打撲・挫創、右膝左前胸部打撲で向後七日間の通院加療を要する見込みと診断され、同年四月二一日には右膝・胸部打撲、右膝内障、右手挫創との病名のもとで、患部の安静が望ましいとの診断を受けた。
(イ) 原告は、平成四年四月一四日、同月一六日及び同月二一日市立松原病院に通院したが、診察、投薬を受けたのみであった。
(ウ) 原告は、平成四年四月二三日、大阪市立大学医学部付属病院の整形科を受診したが、診察及びレントゲンの撮影をしたのみであり、治療、投薬を受けておらず、その後も、同年七月一三日に同病院を受診するまで全く通院しておらず、同日の整形科のほか、同月一四日の同病院神経科及び同月一八日の同病院脳外科の通院の際にも、診察を受けたのみで、なんらの治療、投薬も受けていない。
(エ) 原告は、大西化成工業所に、平成四年四月も四日間出勤し、一日平均七時間作業をしており、同年五月には欠勤二日間を除く二一日間、同年六月には欠勤三日間を除く二三日間、同月七月には欠勤四日間を除く二〇日間、同年八月には欠勤八日間を除く一六日間それぞれ出勤し、いずれも平均七時間の作業をしていた。
(2) 以上の各事実及び前記認定の事故態様を総合すると原告が本件事故により負った傷害の程度は軽微なものであったものと認められ、原告の右傷害は、遅くとも平成四年四月末日には症状固定していたものと認めるのが相当である。
(3) もっとも、証拠(甲一一ないし一三、一八の2、3、一九の1ないし73、二〇、二一の1ないし20、二二の1ないし17、二三、二四、二五の1ないし19、二六の1ないし15、二七の1ないし7、二八、二九、三〇の1、2、三一の1ないし15、三二、三五)によれば、原告は、平成四年九月二日から松原中央病院に通院し、以降平成九年四月一五日に至るまで、別紙の通り通院していること、平成五年五月一九日に高村病院の高村富二医師作成の診断書(甲一一)には、病名として「右膝、胸部打撲、右膝内障、右手挫創、頸椎捻挫後遺症のうたがい」と記載されていること、平成五年六月一〇日付けの松原中央病院の伊藤幸二医師作成の診断書(甲一二)によると、病名として「頸椎骨軟骨症、腰椎々間板症、陳旧性頸椎過伸展障碍」と記載されていること、平成一〇年九月一四日付けの財団法人田附興風会北野病院(以下「北野病院」という。)の髙木康志医師作成の診断書(甲三五)によると、病名として「頸椎椎間板ヘルニア」と記載されていることが認められ、これらによると、原告は、平成四年四月末日以降も同九年四月一五日に至るまで本件事故による治療のため、通院していたことが窺われなくもない。
しかしながら、平成五年六月七日付けの北野病院の梁瀬義章医師作成の診断書(甲一三)によれば、「自覚的には項部から後頭部にかけての緊満痛を訴えるも他覚神経学的には、左上肢過外転徴候+以外異常を認めません。xp上第六、第七頸椎椎間板狭小を認めるも加齢変化と思われます。MRI検査上頸椎部には異常認めません。」とされていること、前記認定の事故態様からすれば、原告が本件事故により頸椎に傷害を負ったとは考えにくいこと、右膝、胸部打撲、右膝内障、右手挫創については、その傷害の程度・内容からして長くとも一か月程度で治癒するのが通常であること、原告が長期間にわたって極めて多数の病院を受診していること、原告が本人尋問において、多数の病院に通院したのはよく診てもらえなかったからである旨供述していることなどに徴するなら、前記頸椎に関する診断結果については加齢変化によるものであって、本件事故とは相当因果関係がなく、右膝、胸部打撲、右膝内障、右手挫創については、治癒しているにもかかわらず、原告の愁訴により治療が継続されたものにすぎず、原告が本件事故により受けた傷害は、前記(2)で認定のとおり、遅くとも平成四年四月末日をもって治癒したものと認めるのが相当であって、前記通院の事実及び甲一一、一二及び三五の診断書の記載等は、右認定をなんら左右するものではないというべきである。
(4) そうすると、原告の被告松原市に対する国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算日は、平成四年五月一日ということになる。
(二) 時効の中断の成否
証拠(乙五、六、証人中野千明、原告本人、被告狭間本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当日の午後六時ころ、被告松原市の職員である被告狭間及び永野を含む三名が原告宅を菓子折を持って訪問したが、謝罪の言葉は述べなかったこと、その後、被告松原市と原告とで本件事故についての示談交渉がなされたが、右交渉中においても被告松原市は、本件事故につき被告松原市に責任はなく損害賠償請求には応じられないが、見舞金五万円で解決を図りたいとの意向を示していたこと、平成六年に羽曳野簡易裁判所で、申立人を原告、被申立人を被告らとして、本件事故による損害賠償についての調停が行われ、同年四月四日、同年四月一八日及び五月二日の調停期日においても、被告松原市は、本件事故による損害賠償請求には応じられないとの意向を示し、結局調停が不成立になったこと、以上の事実が認められ、右各事実によれば、被告松原市は本件事故による損害賠償債務についてはその存在を一貫して否認してきたのであって、被告松原市が本件事故による損害賠償債務を承認したと認めることはできない。
なお、原告は、被告松原市は、本件事故の存在そのものについては承認していたのであるから時効が中断している旨主張するが、右に見たとおり、被告松原市において本件事故による原告の損害賠償請求には応じられない旨を一貫して表示していた以上、右原告の主張はとうてい採用することができない。
(三) 時効の利益の放棄及び信義則違反の主張について
前記(二)で認定の事実によれば、被告松原市が時効の利益を放棄したと認めることはできないし、本件全証拠によっても、被告松原市の時効の援用が信義に反するとの事実を基礎づけるに足りる事情を認めることはできない。
(四) 時効の完成及び援用の意思表示
原告の症状固定日である平成四年四月三〇日の翌日である同年五月一日から三年間が経過したこと及び被告松原市が平成九年八月二二日の本件口頭弁論期日において右時効を援用する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実であるから、これを認めることができる。
(五) 結論
よって、原告の被告松原市に対する本件事故による国賠法一条一項に基づく損害賠償請求権は、平成七年四月三〇日の経過によって、時効により消滅しているから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
第四結論
以上のとおり、原告の請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 三浦潤 齋藤清文 三村憲吾)
別紙 〔略〕
交通事故現場の概況現場見取図